「3.11.以前」と「3.11.以後」では

建築の池田です。


やがて3月も終わろうとしています、4月から平成25年度がはじまります。
国際理工情報デザイン専門学校も新一年生を迎える準備で何かと慌ただしい、
しかし新学期の何か新しい空気が浸っています。


3月を締めくくるにあたり、ちょうど2周年を迎えた2011年3月11日東日本大震災について、
建築学的側面から書いてみたいと思います。


震災直後、そして一年間ぐらいは、よく「3.11.以後」という言葉が使われ、
「3.11.以前」と「3.11.以後」では全く違うと、という記述が本やメディアで取りあげられました。
しかし千葉県・首都圏からみて、どうでしょうか。「3.11.以前」と「3.11.以後」では何か変わったのでしょうか。
全く変わらないような日常があるような気がします。


しかし、現在も全国にはこの震災で31万人のひとたちが避難生活しているといわれています。
建築士専攻科の豊田君と外澤君が東北の仙台・石巻・女川の被災地の見学旅行に行った
その写真を記載します。この写真を見ると震災は継続中で、復興はまだまだとわかります。
このような学生が国際理工情報デザイン専門学校建築設計科にいることに、私は大変感激しました。






石巻の「3.11.以前」




石巻の「3.11.以後」




被災地の更地に立つ豊田君(建築士専攻科)




被災地を自転車で視察した外澤君(建築士専攻科)





ところで、「3.11.以前」と「3.11.以後」で、少し変わったところがあります。それを紹介します。
記載する表は、千葉県浦安市の人口の変化です。
毎年増加していた人口が、2011年3月11日東日本大震災を境にして
「3.11.以前」と「3.11.以後」で人口が2千人程度減少しています。
(ちなみに表は、一目盛5千人)




千葉県浦安市の人口推移(浦安にのホームページ参照して、池田が作成)




浦安市といったら、東京ディズニーランドもあって千葉県で住みたいまちの上位の常連のまちでした。
「3.11.以前」はずっと増加していた人口が、「3.11.以後」に減少に転じています。
浦安市は2011年東北地方太平洋沖地震において広域の液状化が発生し、
多数の建物が傾き、ライフラインがズタズタになり大きな被害が生じました。
これを受けて、少しずつですが人々の暮らし方が変化しているのではないでしょうか。


東京に近くて、新しい便利で住みやすいというまち、という経済合理的な価値観だけで判断するのではなく、
「多少不便だけど安全で安心して住めるまちへ」と人びとの暮らし方、住み方が少しずつ向きつつ
あるいるのではないでしょうか。そういう考え方に建築に携わる者として、敏感にアンテナを向けたい。








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